伊豆大島のペダルおじさん 〜旅人図鑑 6人目〜


ボクは普段バイクで旅をすることが多い。

しかし離島に行く時は別で、バイクの代わりに小さな自転車を持って行く。
バイクは島に持ち込む手段が限られてしまうし、あまり大きな島には行かないので、自転車で事足りてしまうのだ。

伊豆大島に行った時もそうだった。

「南海丸」と名付けた愛車は、どこにでも売っている安い折りたたみ自転車で、高性能ではないけれど、頑丈で信頼できる相棒だった。

横浜の大さん橋から貨客船に乗ること一晩、大島に上陸したのは朝の6時。天気は良く絶好のサイクリング日和。
早速、島を一周するべく反時計回りで走り出した。

島の大きさからするに、朝から走れば夕方までには一周出来るだろう。島の中央にはボクが小学生の頃に噴火した三原山が鎮座し、溶岩の堆積した山頂付近は表砂漠・裏砂漠と呼ばれる広大な荒野になっているという。楽しみだ。

意気揚々と走り出したボクだったが、その意気は3時間後に消沈する事となる。

南海丸のペダルが折れてしまったのだ。

タフさだけが頼りだったのに・・・。

島の南、走った距離はまだ1/3程度。
しかもこの後はラスボス三原山が控えている。
延々と続く上り坂を片方のペダルだけで漕ぎ上がるのは不可能だ。

何かで応急処置は出来ないだろうか?
小さな集落にあった商店で近くに金物屋がないか聞いてみた。

40過ぎくらいの男性店主は、この辺りに金物屋は無いし代用品も思いつかない。でも、せっかく大島に来てくれたのだから、なんとか力になりたいと親身になってくれた。

「良かったら自転車は諦めてウチの車で観光したらどう?」

空いている車を自由に使っていいと言う。
今会ったばかりの他人に車を貸すという心意気にボクは驚いた。

しかし、既にボクは逆境に燃えていた。
数々の離島を共に走破して来た南海丸と、今回も走りきろう。この程度のトラブルで諦めるものか。と。

ありがたい申し出を丁重に断り、お礼を言って再び走り出す。

ペダルが片側しかないので半回転漕いでは、また半回転巻き戻して漕ぐ。
平地はゆっくり走れるが、上り坂は歩いて押すしかない。

三原山の登りはなかなかの過酷さで、ひたすら押して歩き続けた。
やっとの思いでたどり着いた裏砂漠は、まるで火星に迷い込んだかのような浮世離れした景色で、苦労が多いに報われた瞬間だった。

島一周の終盤は下り坂が続き、なんとか無事に達成する事ができたが、宿に着く頃には夜も遅い時間になっていた。

 

翌日。
ペダルを修理するアテも無かったので、南海丸は諦めてレンタカーを手配。
昨日は行けなかったエリアを見て回り、その日も同じ宿に泊まった。

3日目、大島を離れる日がやってきた。
船の時間が迫り、荷物をまとめて宿を出発しようとした時・・・、南海丸の異変に気づいた。
無くなったペダルの部分に何かが取り付けてある。

見送りに来た宿のジイちゃんが思い出したように話し出す。

「そういえば、昨日、大工の友達が遊びに来てさ」

「お客さんの自転車が壊れたって話をしたら、せっかく旅行に来たのに可哀想だってんで、適当な部品持って来て直してくれたんだ」

なぜそれを早く言わない・・・ジイちゃん・・・

どこの誰だか知らないが、お礼を言いに行く時間はもう無い。

シンプルにボルトとナットで構成された応急処置は一切のグラつきも無く、完璧だった。

会った事もない旅行者の為に、一旦自宅(職場?)に帰り、径がぴったり合うボルトを探して、また戻る。

感謝してくれる人が目の前にいるワケでもないのに・・・
逆の立場だったらボクはそこまでやるだろうか?

初日に会った親切な商店の店主もそうだが、彼らから伝わってくるのは「せっかく俺達の島に来てくれたんだから楽しんでもらいたい」という心意気だ。 上り坂で「頑張れー!」と声をかけてくれた島の人も沢山いた。

東京の島の中では最も近く、ボクの住む神奈川からはすぐそこに見える伊豆大島。
三原山という地形以外には大した期待をしていなかったが、結果的に島の人の顔が見える旅になったのが、何よりも良かった。

南海丸のペダルは半年くらいボルトとナットのまま使い続けた。
日常生活ではまるで不便を感じなかったのと、戻してしまうのがもったいない気がしたからだ。

伊豆大島には近い将来また行くと思う。

 

 

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